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2012年5月18日

●耳が痛い話し

「医者や、セラピストに傷つけられた」というクライアントに対するケアについて、考えていました。

 久しぶりに問い合わせをくれたクライアントが、

似たような、問題についてシェアしてくれることが続きます。

 今週は、肩や胸の筋肉と、このテーマのWeekのようです。

 同業者としてとても耳が痛いです。

何故なら、私だって最善を尽くしてセッションするけど、

クライアントは言わないだけで、知らないうちに私も傷つけていることがあるかもしれないから。

 なので、日々のスーパー・ビジョンは大切...。

私たちも、何かセッションで問題を感じた時は、私たちの先生のセッションを、を受けて、困難だった点について検証していきます。

 占いのように、セラピストの勝手な解釈で、「あなたはこういう人ですね」と、その人自身や、向かう方向性を決めつけたり、

セラピストがセッションを自分のために成功させようとして、

結果を急いだりすると、クライアントは強い痛みと抵抗を示します。

 

 たとえば絶対的な存在との間で問題を抱えている人が、

それを解決するために、誰かのサポートを心から必要としているとします。

 その時に、セラピストが辛抱強くクライアントの状態をリスニングできないと、セラピストの権威的なコントロールによって、

セラピー・ルームでも、クライアントに同じような負の感情を再体験させてしまいます。

 「なんとなくすっきりしませんでした。」

と伝えたら、「あなたに問題があるからだ」と叱られたとか。

「気にしすぎ」とか、「早く忘れなさい」とか、「深く考え過ぎるからいけないんだ」とか。

 そんなこと言われたら、私も絶対にムカつく!!

 忘れることや、気にしないことや、深く考えないことをクライアントにすすめるセラピストってどうなのかな。それは、問題解決になるのだろうか?

 私は、小さい頃、泣きたい気持ちになった時に、よく親に同じようなことを言われていたから、こういうクライアントの話には、チクっと反応しちゃう。

 本当の感情を相手から大切に扱われていないような気がして。

というか、私の母自身が、私を母の思い道りにコントロールすることには興味があるけど、私の感情には全く興味がなかったからだと思うんだけどね。

 もしも私だったら、考えたい。負の感情の向こう側にあるものの正体を。

いろんなものごとに対するそこに、もしも、「恐れ」や「不安」なのだとしたら、

なんのためにそれを持っているのかを、自分にAskingする。

その感情や思考を持っていることに利益があると思い込んでいるのだとしたら、

それは本当なのかどうか、真実に気づきたい。私は、そう思う。

たぶん、彼らは、必要とするプロセスをセラピストに制限されたことにたいして、「傷ついた」という表現で話してくれたのかな。

...と書いていたら、週末のセッションで、彼らになんて言ってあげたらいいか見えてきました。

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