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2009年1月29日

●ワードローブが大混乱



ずいぶん、捨てたのにな〜着られなくなった服...
なのにいつしかワードローブに服がかかりきれなくなっていた。
時間をみて、中を点検すると、その原因が発覚...

春になれば、マフラーや冬服はしまうのだけれど、
マイアミに通うようになってから、私はこの数年、夏服をしまっていないことに気がついた。

こちらが真冬でも、やはりむこうは夏物を着る気候だし。

休暇で遊びにいくのは、やはり暖かい国や場所が多い。
そうすると、やはり夏服はいつまでたってもしまえないのだ。

振り返ってみると、この2年半...ずっとそんな状態が続いていたことになる。
これでは、タンスもワードローブもぱんぱんになっちゃうわけよね。

ハンガーとハンガーがぶつかって、服がずりおちたりしていても気がつかない。
そこに、うちの猫が入り込んで、お昼寝なんかするから、
いざでかけようとすると、毛だらけ〜なんてことがよくある。

収納法についての本も出ているみたいだけど、なかなか熟考する時間もない。
そのために、タンスなんか絶対に買いたくないしな。

なんとか知恵をしぼるしかないっか...






とほほ...


2009年1月26日

●無能な気持ちになった理由

平行して様々な物事が動いている。
5月に発売予定のAQUA NOMEのRECはもちろんのこと、BBSHの宿題の締め切りは既にせまっているし、お尻に火がつくとはこのことだわん。

よくやってるよと、自分でも思う。
音楽しかやっていなかった頃が懐かしい。
でも、そこにはもどれない。
なぜなら、音楽しかしていなかった自分が社会人として、とても不安だったからだ。

アーティストは現実的なことは知らなくていいよと言う、相手を信じ、依存すれば依存するほど、自分の人生は何者かにコントロールされ、精神的に病んでいった悪循環を繰り返していたあの頃を思えば、
今はたとえ望む結果が得られなくても、自分に責任がとれる現実がある。
その蓄積が私に自信を与えてくれたように思う。

昨日、BBSHのプロセスを受けていた。
自分が無能に思えるカウンセリングセッションについて話をした。

「わからない、みえない、感じない、知らない。答えたくない。」
それでもちろん、OK。
 その人は、何に対しても、「NO!NO!NO!」と答える。
それをやりに来ているのだと、わかっているのだけれど、それで、いいのかなあ?とも思う。
 自分が、何の、力になれなかったような、無力感を毎回味わう。

 せっかく高いお金を払って、セッションを受けにきてくれるのだから、
なんとか、そんなクライアントを、いい方向に導きたいと、焦る。

自分が、相手に対して、いいセラピストになろうとするとき、これが起こる。
饒舌に、相手にサービスをしなくてはいけないような気持ちになるのだ。
そんな、嘘っぽい自分に、嫌気がさしているのに、
クライアントから、「なんだか、よくわかりませんでした。」
と、言われ、それでも規則だから、料金をいただく時、私は自分の無能さを味わうことになる。
 それをテーマに先生とプロセスをすることになった。

先生の体験では、クライアントによっては、ただ一緒にいてくれるだけでいいという人も
いるという。
別に自分が変わらなくてもいい。こんな自分と90分、黙って過ごしてくれることを体験したいと思っているクライアントもいるのかもしれない。
自分が親から、されてきたネガティブな体験。何をやっても否定される、「NO!NO!NO!」を、無意識にセラピストに再現し、セラピストからの反感を買うことに、安心し、親しみのある感覚と、勘違いする場合もあるという。
 
 シンプルに苛めのエネルギー構造は、そのようになっているらしい。
全ての苛めには当てはまらないが、たとえば、虐められたら、すごく悲しいし、とても嫌なのに、虐められることが日常であれば、異常な状態でないと安心できないというような、ケースが実際にある。
 
 暴力は嫌なのに、暴力をふるう人を好きになってしうことを繰りかえす人も、
暴力を親しみと感じてしまう、潜在意識の勘違いによるものである。
 このことに関しては、いつか、もっと詳しく説明したいと思う。




2009年1月20日

●決まっていること

日記:最初から決まっていること


今日はお昼から、スタジオで販売の打ち合わせ。

その後、REC。今日は、まるで決まっていたかのようにスムースにアイディアが浮かび、3曲も作業が進んだ。どれもそれぞれに素晴らしく、とても満足した作品に仕上がった。

 

 そういえばBALIで出会ったシュクラさんというガイドの人が、BALIの文化について、何かとこんな言い方をしていたのを思い出した。

「これは、もう、昔から決まっていることですから」

決まっていること...。それに対して、何故とか、どうして?とか、

疑問なんかないのだ。

だって、最初から決まっていることだから。

こんなふうに自分が住む世界を受け入れられたらどんなにか楽だろう。


たとえば、お供えに使う植物。とてもいい香りがする。おかゆや、ご飯を炊くときに、入れるそうだ。

「これって、どういうところに生えているんですか?」と、訪ねたら、

「これは、お寺のある場所で作られています。それは決まりです。お供えものをになるものですから。」という答えが返ってきました。

たとえば、お祭り。神様に捧げる舞や演奏が、嵐の中でどうなったのかを、尋ねたら、

「雨が降っても嵐でもやります。それは、決まっています。お祭りですから。」


彼らは、完全なフォームやパターンの中で神様とともに生きている。

その中に、微塵の疑問も無いのだ。


昨日、昔録画しておいた、向田邦子の『父の詫び状』というテレビドラマを見ていて思ったことがあった。

昔のお父さんのフォーム。お母さんのフォーム。

その中にも「決まっていること。」らしき日本の夫婦のあり方が見え隠れしており、大変おもしろかった。

 もし私の旦那があんな風だったら、自分に生活力があっても無くても、即離婚だなと、無責任に心がつぶやいた。


 撮影中に向田さんから母親役の女優さんが、「お布団の角はね、踏まないようにね。」と、アドバイスを受けたと話していた。おう、それも決まっていたことだったのかと、新しい昔の決まりを知っておもしろかった。


 植物が渦を巻きながら芽をのばしていくことがそうであるように、

雪の結晶がそうであるように、神様の意思とユニゾンして生き、歌うことが、

第5レベルのあり方だ。

 なんと美しいデュエットなんだろう。

そういう視点で見るとBALIの人々の生き方には、大人も子供も迷いがない。

家族を作ること、子供を生むこと、働くこと、生きること、家族を育むこと、先祖を崇拝すること。祭りごとを欠かさないこと。ただ、それだけで人間の存在に意味が生まれてくるからだ。ひとりひとりの命が、完璧にアレンジされたシンフォニーの一部であるように。

 その個々の中にある成分がたとえどのようなもので渦巻いていてもよい。

渦巻いていることは、その命の存在に意味があるかとか、無いかとか、そういうことを問う次元のものとは違う。

 渦巻いているという状態なのだ。渦を巻くことは、生命が重力と折り合って芽をのばすことと同じことである。そうできることも命あるものの才能、本能だ。

 私たちは人間に生まれ、奇跡のような設計図のもとに、存在しているんだなと、

忘れてしまうにはもったいない素性のもとに生まれているように思う。



2009年1月19日

●誰かに自分を承認してもらうことの大切さ

投稿が閉鎖されてから、メッセージの方にコメントをいただくことが増えました。
みんな、ありがとう。
 
中には、再会を希望する声もたくさんありました。

このサイトはスポンサーがいるわけではなく、私の会社が運営しているものだから、
サイトの方針に関してはこちらの理念をもう少し明確に打ち出してもよいという判断をしただけなの。

皆の個人的な声はメッセージのBOXで届いていますので、安心してね。
ただ一般に公開されないだけです。
皆も私も、安全であることが一番。

BOXに送られてきたことに、お返事したいと感じた場合は、
私自身が、個人的にお返事をさしあげるより、日記に意見を書くこともあるかもしれません。

 昨日、BBSHの同級生の紹介で、ランドマーク・エジュケーションの新年プロジエクトに参加した。
このセミナーは、何度か通うチャンスがあったんだけど、なかなか行くことができなかったの。素晴らしかった。
 あっと言う間の3時間だった。
2008年を完了することや、2009年をどのように生きたいかなど、質問に応じてノートに書きまくった。
 その一部に、「あなたが誰かから承認されたいと思っていることについて、書いてください。」そんな問いかけがあった。
 いくつもいくつも、いくつも出てきて、ノートがいっぱいになった。
それを、一緒に組んだパートナーに声を出して伝え、そして、それを相手に「そうか、そうか、そんなに大変なことがあったんだね...君の努力、功績、誰にも言わなかったけれど、君がそんなに人知れず、皆のことを思って我慢したり頑張ってきたこと...承認するよ。感謝しているよ。」
と、誰かに言ってもらった瞬間...涙が止まらなかった。
 だれにも、あえて人に言わない痛みや、別に、人に評価してもらおうなどど思っていないけど、気持ちで動いてきたことや、背負っていたことや、勝手によかれと思い、動いたり行動したりすることがたくさんある。
 そんな自分を偉いなんて思っていないから、「ありがとう!」って、言葉も期待していない。
 自動的に反射として動いていたことだから、あらためてそれを表現してみよう。
と、言われると、少し、恥ずかしい。でも、書いてみると、やっぱり、本当は、感謝されたい、評価されたいと思っていたんだなって思った。
 このセミナーで、「頑張ってきた君を承認するよ!」と言われ、涙がほとばしるように出てきた。

 人とは、そういうものなのかもしれない。できれば、何人もの人に自分の本当の気持ちを承認してもらう必要があるのだ。それが、その問題と関わっていない誰でもよい。
共感してもらえる誰かなら。

 私は、その日、自分の気持ちを承認してもらい、はちみつがけのとろとろの優しい、気持ちになった。

 明日からまたレコーディング。
音楽に関しては、世界に承認される音楽を作っている自負があります。


 




2009年1月17日

●おでこ


 ピヨコの計らいで、思いがけず、BALIの人たちの民族衣装を着ることとなった。

うさちゃんには事前に話していたらしい。

「ぷ~、4時半くらいには部屋にいてね。」いったい何が起こるの?

 部屋に突然、ヘアメイクの人が来て、衣装を並べたかと思ったら、短い前髪に逆毛をたてられた。

「え~何が起こるの?」されるがまま。ここでも、サレンダー。

 流れに任せてみた。

額はあげられ、顔全体の髪の毛がひっつめられた。

 初めて見る自分の表情が新鮮だった。

 鏡の中に映る私は、別人。最初は違和感があったけど、なかなか気に入った。

沖縄のせっちゃんから、「epoちゃん~、どうしておでこをださないのお?きれいなのに?あんたは、おでこを出したら幸せになるよ~。」

 そう言われながら...なんだか、やけに女っぽく見える自分に嫌悪したりしていたのだけれど、有無を言わせず、着々とBALI人の女性に仕立て上げられる自分の顔。

 今まで気がつかなかった...自分の顔、おでこを上げると、少し大人っぽくみえるけど(大人だろ...十分今も..笑!)なかなか素敵!?


 子供の頃から、私は額を見せることを母に禁止されていたの。

なぜかなと思ってた。ずっと。ずっと。

「あんたの額はデコンと出ててみっともない。ふしだらな女に見えるから隠しなさい。」

 聴くとそんな答えが返ってきて、お風呂場で普通のハサミでバツンバツンと前髪、後ろ髪、散切りにされ、後ろはバリカンで剃られ、いつも、私の額は、眉毛のあたりで、散切りにされた髪の毛で隠されていた。すごく嫌だった。屈辱的だった。


 でも、子供ながらに思ったの。そっか...おでこを出すと私は不潔に見えるんだなって。

 それから、大人になっても、自分の額をいつも髪の毛で隠すことが多かった。

時々、おでこを上げたりすると、人からひやかされているような感じがして。

 子供の頃に言われたことなのに...不思議ね。

大人になっても、ずっとずっと心に残っている。

 母から聞こえてくる声は、私を様々な場面で行動や振る舞いに、無意味な制限を加えてきた。

 小さい頃の様々な体験は、今も全てにおいて私の思い込みになり、ものの考え方に大きな影響を与えている。

 ヒプノ(催眠療法)ではそういう心のプログラムを、望ましい形に変えていくことを目的としている。

 プロのセラピストになる前、4年かけて私はそういう自分のプログラムを変えてきたけれど、そんな今も、BBSHのヒーリングを通じて、私の中に根深く残っている心のプログラムをまだまだ点検中だ。

 そうだよね...48年もかけて作ってきた自分を10年ぐらいでリセットなんかできるわけはない。

 でも、確実に変わりつつある自分の人生は、私に幸せな時間をたくさん与えてくれているのは確か。


 母の要求に従うと、彼女は機嫌がよい。

「あ~永子ちゃん、かわいい~。」

「ふん。本当には思っていないくせに。」

彼女の言葉が本物でないことを子供の私は感じていた。

私がみっともない姿であることに、母が安心しているように思った。

子供の思いこみだから、真実はどうだったのかわからないけど...。

私は、もしかしたら、本当に、心のねじれた子供だったのかもしれない。


 私の家はそんなに裕福ではなかったから、洋裁の内職をしていた母は、生地屋で布を買い、服を作ってくれたけど..。

 それはたいてい、おばあさん色の、変な色の変な服で、子供の私は心から感謝できず、半べそをかきながら、その服を着て、首の後ろを「お初!」と男子に触られるんだろうなと、重い気持ちで学校に通った。

 ぎりぎりの生活費で、母は作ってくれたのだけれど...本当にごめんなさい。


 ハサミで、変な髪型にされたり、自分の好みでない色や形の服を着せられても、私は、愛されたい一心で必死だったな。そして、母の指示に従ったときのみ、

母の愛を得られていると思うことがとても苦しかった。

 

 きらびやかな民族衣装を来て、化粧をされ、女性らしく正装した自分の姿を見ながら、どこかで複雑な気持ちだった。

 もっと早く、私は女性に生まれたことを楽しむ権利に気がつくべきだったと。


 仕上がりを見に来たピヨコが、「プ~(私は彼女にこう呼ばれてる)、すごく奇麗!こんなに似合うなんて!」と、私を見るなり、感動して泣いた。


 帰国してから、私は毎日おでこを出している。

お化粧もしている。不思議、世界が明るく見える。


 基本的に、自分以外の女性が嫌いな私の母。

自分の娘が女性になるということに違和感があっのだろうな。

 もしも私が、母より不幸な女性だったら、きっと愛されたのだろうな。

思い返すと、私は、日々母の嫉妬の対象になってきたような気がしてならない。




 

 


2009年1月14日

●大きなお祭り

大きなお祭り



 偶然にも年に2回行われるという大きなお祭りに遭遇!村は祭りの準備で大忙し。女性達は、お供え物の準備に追われていた。

 一月のBALIは雨期。緑はときおりたたきつける強い雨に洗われて、生き生きと強い緑を放っていた。

 海好きの私は、BALIに限っては、山派になる。

UBUDという中部の村はいつ訪れても新鮮。治安もいい。

生活に根づいた彼らの宗教観や文化は日本文化のように、博物館に収まってはおらず、常に見えるところにあり、

植物の力強さや、樹木や草花は相変わらず色濃く、インターネット

カフェやATMなど、

村はとても便利になっているのに、村の大きく姿が変わったなあ~という印象がなかったのがうれしかった。

 神様や先祖へのお祈りの気持ちは、この人たちの日常。

祈りの姿は、誰でもとても美しい。

 ここに来ると、沖縄に帰ってきたような懐かしさがある。

BALI人のガイド、シュクラさんが日本に留学中、沖縄に行った時に感じた印象を話してくれたんだけど、彼らからみても沖縄はとても似ているらしい。

心が安らぐわけだ。

 雨期のバリは何度か来ているんだけど、これほどの豪雨に見舞われたことは初めて。

 雷と雨。雷の音も、雨の量もちょっと半端じゃない。

自然のエネルギーがゴ~ゴーと鳴いているような感じ。ダイナミックな歌だ。

『想像と破壊と維持』BALIヒンズー、宇宙の3つのエネルギーのハーモニーを、一度に聴かされたような気持ちになった。


 夜中の11時から朝5時まで、村の人たちはお寺で儀式をするというので、頑張って見にいこうかという話にもなったけど、

「こんな嵐じゃ、やるわけないね」と、あっさりあきらめ、雨が小降りになるのを待ちながら、BARでカクテルなど飲み、就寝。

 翌日、シュクラさんに聴いたら、彼も私たちの仕事が終わったあと、家族とお寺にいき、儀式をしていたという。「雨でもやりましたよ~。お祭りだからですね~。」と、普通に話し手くれたのに、驚いた。

 神様に捧げるためのトランスダンスやガムランの演奏など、あの豪雨の中、どうやって行われたのかしらん。

 次の大きなお祭りは、半年後だそうだから、是非また体験してみたい。

 

 



2009年1月13日

●神様の島にて

神様の島


BALI島にいます。

葉山にいたのでは、心も体も休まらない。

こちらは休みでも、相手はそうではない。誰かを待たせていると思うと気になって、結局稼働してしまい、休みに徹するはずが、なかなか心が休まらない。

というわけで、お休みは海外で過ごすことを選んでいるの。

 それでも、気になるものは気になっている自分。嫌だな~。

スタッフから、「今日から3連休です」との連絡。あ!そっか、日本は休日なんだっけ!それなら話は早い!

 心からお休みできてうれしなな。


今回も国府夫妻との癒しの旅。うさちゃんが、山&海組み合わせの、完璧なツアーを組んでくれたおかげで、私たちにとって最高の癒しの旅となった。

こちらは、雨期もあって、日差しはやわらかく、毎日の雨でお肌も喉も潤っている。

 ツアーサービスに連日マッサージ付きという癒しぶり。

連日、何が忙しいって、ぼう~っともまれること。

 雨期のBALIには、こういう企画を入れると充実することを発見。

雨では外に出られないので、時間が有効に使えてよかった。

 施術をされている間、ま~私の頭は忙しいこと。

 帰ったらあれをやって、これをやってと、何故かな?

うとうとするどころか、体と心が活性化してしまい、今、ここにある時間の中になかなか落ち着いていられない自分。それを選んでいるのも自分。

そういうことも、自分の中に起こっていることだから、ジャッジせずに、そのままにしておこう。

 先のことなんて、今、考えても、考えなかったとしても、自分が動けるわけでもなし、どうなるわけでもないのにね。


 今ある状況にじたばたしないで、降伏すること。今回の旅の私のテーマ。

旅の間は、仕事のことを何も、考えなくても大丈夫であるという安心感に、降伏してみよう。



2009年1月 6日

●仕事はじめ


お正月気分は終わり。今日から仕事はじめ!
気がつけば、年末からやり残した仕事が山ほどあることに気づき、
ちょっとパニック。

いよいよ明日は、久しぶりにレコーディング。
音楽の中に一日生きていられる時間。うれしなな。

また、一日がかりのVOCALダビングだ。
エンヤもきっと、そうやってるのだと思うけど、
ひとりで何十トラックも重ねる作業は、時間がかかる。
2曲もあれば、夜中までの作業になることもある。
でもね...不思議楽しい。
私の問題は...譜面が無いことだ。

全ての計画は、私の頭の中にあるスーパー・コンピューターの中。
だから、レコーディングスタッフには、小節に番号を打ち、
作業についてきていただかなくてはならない。

やりにくいと思う。本当に...ごめんね。
よ〜し!がんばるぞ!


ブースの外で指揮してくれる篠崎さんとエンジニア無しでは、作業が進まない。
本当に感謝です。























2009年1月 4日

●萩本欽一さん



 明治座で公演中の『あらんはらんしらん』を見にいきました。
笑った!感動した!ほろっとなった。
 楽屋で、萩本欽一さんにお目にかかり、またもや感動。とても優しいでした。その優しさの中にある、厳しさ..本物を作るために費やした存在の年輪のようなものを感じました。
 素晴らしい人でした。

 私は実は、普段TVを見ていても、心からあんまり笑わない。
本当に、今のTV、おもしろくないんだもの。
 友達からは、私という人間は、よく笑ってる人のように見えてるんだけど、それについては、独特のツボのようなものがあって、それにハマると一時間でも笑っている、その場面に遭遇する人が多いからそう思われているのかもしれません。

 それがどの種類のカテゴリーに入ってるのかずっとわからなかったんだけどね、
ある日わかったの。
 実は、コント55号!!海外だと、モンティー・パイソン、ブラック・アダ、ミスター・ビーン、これに尽きる偏りよう。
 そのどれもが、どこか人間の営みの中にリアリティーがあるの。いかにも、人間がしそうな本当のこと。
 そういう場面がとても好き。同時に、自分のオッペケな部分を笑って愛しているようにも思う。

 萩本欽一さんと坂上二郎さんの笑いが子供の頃から大好きだったな。
なんか、愛があって。
 二郎さんがとても可愛いく見える。突っ込みのセンスによって、コンビはいかようにも見えるのね。
 おふたりは、1600編ものコントをやってきたそうです。
二郎さんのコメントに泣きそうになってしまった。

 そして、今回も同様...楽しかった〜。公演中に芝居は再構築され日々変わるもの。
一月中に、もう一度、拝見するつもり。
 
 皆さん、ご存知と思いますが、私の投稿欄を閉鎖しました。
メッセージの方に、送られてくる、皆さんの個人的なコメントの向こうに、リアルな皆さんの存在を感じ、とてもうれしく思っています。
 正直な感想を送ってくださり、ほんとうにありがとうございました。
 
 芝居も音楽も人間関係もそうですが、言葉や音楽をどのように解釈するかは、ほんとうに皆それぞれです。
 私も、今日見た芝居を自分のフレームの中で解釈し、欽ちゃんに「素晴らしかった!」と、言っていたかもしれません。

 思いもよらないような皆さんの解釈を、ドキドキしながら読むのも新鮮です。
 それくらい、人間の想像力は自分がそれまで過ごしてきたフレームの中で自由に歌い飛び交う鳥のようです。

 その鳥はあなたの人生の中で生き、解釈されカテゴライズされた鳥であって、私の人生の中で生きている鳥ではないこともあります。

 同時に、長い時間をかけて届く手紙のように、ある日、準備ができた時に開封され、光をあびる言葉もあるなと、このごろ思います。

 






2009年1月 3日

●新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。
今年も、皆様にとってよい年でありますように。

戦争のない世界になりますように
誰もが毎日、暖かいお布団の中で眠れて
暖かいものが食べられて
健康でありますように

いらない悲しみの忘れ方を、
いつか思い出せますように

お日様をみて元気になれますように
お月さまをみて、よく眠れますように