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2015年2月25日

●バナナ酵素仕込みました。

沖縄の自宅。

野菜や果実の木を育てています。

我が家で収穫されたバナナ。
天井から下げて熟成させていたところ、
私たちが関東にいる間に、一度に熟成してしまい、
シュガー・スポットがたくさんできていました。
こんなにたくさんど〜るすべき?
という状態に..。
お友達にお裾分けするタイミングを逃してしまいました。

今朝は早起きして、朝のエネルギーをたくさん込めて、
バナナ酵素を仕込みました。
残りは全て皮をむいて、
冷凍保存。

親の木が残した子供達は4株。
今年も実をつけるかな?

宮川 永子さんの写真
宮川 永子さんの写真


2015年2月21日

●35年を振り返ると?

http://www.eponica.net/live/
本日も事務所のお引っ越し準備で、大忙しでした。
懐かしい写真や、資料、カセットに至っては捨てられない音源ばかり。
ライブ音源や、Demo。
「けっこういいモチーフが入ってるよ」
なんて、自分のメモまでついていたりするから、
じゃあ、聴いてみなきゃ捨てられないじゃん..ということになり、
保存箱へ..。

過去35年遡る私の歴史を、
昨日、今日で一気に遡り、本当に楽しい二日間でした。
お宝音源、お宝映像もざっくざく。

そういえば、ファンクラブの冊子の在庫がかなりありました。
たとえば10冊福袋のようなものを、
作ってみようかと思っています。

寒い一軒家の事務所から、
暖かいアトリエeponicaにもどってきました。

さ、いよいよ明日は砧の22.2サラウンドシステムで、
そのシステム用にTDされた、
AQUANOMEのMを聴いていただく日です。

何しろ世界初!
各方面から、技術者の方々もたくさんいらっしゃるようです。

明日は、午後の早い時間からライブですので、
早く眠って、朝から準備しなくちゃ。

歌手 エポのオフィシャルホームページ:eponica.net〜EPOのライブスケジュール
EPONICA.NET


2015年2月20日

●『期待に答えられなくても、期待を裏切らなければよい!』

寝言をよく言います。
うさちゃんの話では、夢の中で、誰かに何かをぶつけられて、
「痛いよ〜」と、
言ってたそうです。初夢なのに、覚えていません。笑。

昨日は、本当に素晴らしい新年でした。

アーティストが本当にやりたいことをやるとき、
その人の本当のエッセンスが輝きますね。
昨日は、小堺さん、美里ちゃんともそんな話になりました。

夕方からのリハーサルでも、
鈴木雄大さんの音楽の、
本当のエッセンスをすごく感じられた時間を体験しました。

ちょうど今、
今年リリースするアルバムの方向性を絞っているところなんだけど、

昨年から既に、プログラミングしてるものや、
ライブでは10年以上演奏しているのに、
CD化していない作品含めると、
30曲以上あります。

この歌は、AQUANOMEの世界にも属するような感じもするけど、
POPなアルバムにも入りそうだなとか..。

うう〜ん。
悩む〜〜〜。

昨日、小堺一機さんが、
「ファンの期待に答えられなかったとしても、
ファンの気持ちを裏切らない表現ができたらいいんだって。」
と、すごく素敵なことを、教えてくれました。

その話をしているときに、DVDを見てくれた美里ちゃんが、
AQUANOMEの話をふってくれて、
私は、15年前の青山曼荼羅で、
POPなepoでなく、
いきなりできたてほやほやの、
AQUANOMEの作品に全曲総入れ替えという日を決断した日のことを、
私は思い出していました。

あの時、みんなびっくして、あっけにとられていましたが、
「うふふふ」が聴けるかと期待していたお客様の期待には、
答えられなかったけど、

AQUANOMEの世界を、しっかり皆さんが、
受け取ってくださったことがわかったのは、
その次の曼荼羅で、きちんと、『AQUANOMELive』と、
銘打ったライブに、
お店に入りきれないほどの、
長蛇の列が作られていたからでした。

四方八方立ち見という結果を見て、
自分が信じた世界に私は心から安心しました。

「AQUANOMEのCDください!」
「まだCD化していないんですよ」

こんな会話をファンの方々と10年続けました。
そして10年目にAQUANOMEはリリース。

あれから15年。
年末のクエスト・ホールは、毎年Sold Outです。
本当に、続けてきてよかったと思っています。

そして...
新しいアルバムの話にもどるのですが、

今の私...。
同じように、大人になったEPOとして、
自分の中で、純度が高いと感じられる、
エッセンスを持つ作品を中心に厳選して入れようと、
そんなふうにこの投稿を書きながら、
決めました。

今年のEPOはまた伸びます。
横にではなく、縦にね。

「寝言をよく言います。
うさちゃんの話では、夢の中で、誰かに何かをぶつけられて、
「痛いよ〜」と、
言ってたそうです。初夢なのに、覚えていません。笑。

昨日は、本当に素晴らしい新年でした。

アーティストが本当にやりたいことをやるとき、
その人の本当のエッセンスが輝きますね。
昨日は、小堺さん、美里ちゃんともそんな話になりました。

夕方からのリハーサルでも、
鈴木雄大さんの音楽の、
本当のエッセンスをすごく感じられた時間を体験しました。

ちょうど今、
今年リリースするアルバムの方向性を絞っているところなんだけど、

昨年から既に、プログラミングしてるものや、
ライブでは10年以上演奏しているのに、
CD化していない作品含めると、
30曲以上あります。

この歌は、AQUANOMEの世界にも属するような感じもするけど、
 POPなアルバムにも入りそうだなとか..。

うう〜ん。
悩む〜〜〜。

昨日、小堺一機さんが、
「ファンの期待に答えられなかったとしても、
ファンの気持ちを裏切らない表現ができたらいいんだって。」
と、すごく素敵なことを、教えてくれました。

その話をしているときに、DVDを見てくれた美里ちゃんが、
AQUANOMEの話をふってくれて、
私は、15年前の青山曼荼羅で、
POPなepoでなく、
いきなりできたてほやほやの、
AQUANOMEの作品に全曲総入れ替えという日を決断した日のことを、
私は思い出していました。

あの時、みんなびっくして、あっけにとられていましたが、
「うふふふ」が聴けるかと期待していたお客様の期待には、
答えられなかったけど、

AQUANOMEの世界を、しっかり皆さんが、
受け取ってくださったことがわかったのは、
その次の曼荼羅で、きちんと、『AQUANOMELive』と、
銘打ったライブに、
お店に入りきれないほどの、
長蛇の列が作られていたからでした。

四方八方立ち見という結果を見て、
自分が信じた世界に私は心から安心しました。

「AQUANOMEのCDください!」
「まだCD化していないんですよ」

こんな会話をファンの方々と10年続けました。
そして10年目にAQUANOMEはリリース。

あれから15年。
年末のクエスト・ホールは、毎年Sold Outです。
本当に、続けてきてよかったと思っています。

そして...
新しいアルバムの話にもどるのですが、

今の私...。
同じように、大人になったEPOとして、
自分の中で、純度が高いと感じられる、
エッセンスを持つ作品を中心に厳選して入れようと、
そんなふうにこの投稿を書きながら、
決めました。

今年のEPOはまた伸びます。
横にではなく、縦にね。」


2015年2月18日

●大きなWaveのリズムを信じる

沖縄にもどってから、予定外のことが起こって、
やろうと思っていた仕事の計画が、
すっかり狂ってしまったんだけども...。
おもしろいもので、
今日になって、

朝からいくつもの宿題に一気にとりかかったら、

あっという間に仕上がってしまった。

自分のスケジュールに、

予期しない出来事が起こったとしても、
大きな私のWaveは時間道り、

計画道りに必ずつじつまを合わせて、
流れていくのだということを、
もっと信頼しようと思った。

起きて欲しくないことを、

イメージして増幅させなければ、
必ず大丈夫。

今回もその方法で、乗りきりました。
結果に感謝、感謝。

宜野湾の我が家、

そよそよと春の風が吹いています。
畑の作物も、

特別寒い今年の沖縄の気候のWaveに合わせて、
すくすくと育ち始めました。

彼らは、予定道りいかないことを、
苦にもしていない様子。

よ〜んなよ〜んな。

カモミール、初めて育ててます。お日様が好きなのね。
我が家の料理に欠かせない香草のひとつ。
パクチー。
マンゴーにうさちゃんが、雨よけをつくってくれました。
白菜は最初からとっても元気。あの姿にはいつごろからなるのかしらん?
春菊にも初挑戦。見るからに、おいしそうです。

2015年2月 8日

●生まれる場所を選ぶ

どうしたいのかわからないときは、
何も、選ばないという選択もあるけど、
どれを選んでもよいのだという可能性に、
かけてみる。

それも与えられた流れだとしたら、
その流れに乗ってみる。

すると何かが動く。
子供の頃からそうやって結果を作ってきました。

そして、流れが止まったときは、
無理して漕がない...。

私の母は、私のそんな性格、生き方を、
とても恐れていました。

私がそれを選んだことによって、
これから起きる、最悪の結果を、
まるで既に起こったかのように、
事細かく説明し、
私が恐怖で動けなくなることを、
母は期待していました。

「やってみなくちゃわからないじゃない!?
なんで、あなたが、勝手に結果を決めるの?」

母には、自分と娘が違うということを、
全てにおいて、
受け入れることができませんでした。

母が好きなものは、
私も好きでないといけないし、
母が嫌いなものは、
私も嫌いでないといけませんでした。

他の親を知らないので、
子供の頃から、親というものは、
そういうものなのかと思っていました。

私が、彼女の期待に添えない時の、
彼女の暴れっぷりを見るたびに、

私が私でいることは、
母にとって不幸なことなのだろうか、
そんな風に子供の頃は思っていました。

母に対する罪悪感と、
自分の本当の気持ちを止められない、
ふたつのエネルギーに、
心が常に揺れていました。

流れを止められること。
感じることを否定されること。

それは、

私が自分自身と繋がるための、
想像エネルギーの流れを止められることと同じ。

私にとって、もっとも痛みをともなうことでした。

大人になってから、わかったけどね。
母の心の中で勝手に起こっていることは、
いっさい私には関係のないことなのだと。
それに私が責任をとる必要は、
いっさいないのだということも。

ぶたれても、縛られても、殴られても、
止められても、中断されても、

作りたい。
歌いたい。
弾きたい。
続けたい...。
だって、それが私。

それぐらい今の仕事は、
私にとって確信に満ちたものだったということを、
親から与えられた制限によって、
気づかされたのであります。

いろんな面において、
混乱した家族でしたが、
私にとっては、
その方がよかったのだと思う。

私たちが、人生の目標によって学ぶ場所を選ぶように、
生まれる場所というのも、
そうなってるようにこのごろ思う。

ところで、
私は家の中で育っている、
このチューリップの生き方を信じているけど、
この先、どうしたいのだろう。
「育ちたいように育っていいよ」と、
心の中で、声をかけた朝でした。

どうしたいのかわからないときは、
何も、選ばないという選択もあるけど、
どれを選んでもよいのだという可能性に、
かけてみる。

それも与えられた流れだとしたら、
その流れに乗ってみる。

すると何かが動く。
子供の頃からそうやって結果を作ってきました。

そして、流れが止まったときは、
無理して漕がない...。

私の母は、私のそんな性格、生き方を、
とても恐れていました。

私がそれを選んだことによって、
これから起きる、最悪の結果を、
まるで既に起こったかのように、
事細かく説明し、
私が恐怖で動けなくなることを、
母は期待していました。

「やってみなくちゃわからないじゃない!?
なんで、あなたが、勝手に結果を決めるの?」

母には、自分と娘が違うということを、
全てにおいて、
受け入れることができませんでした。

母が好きなものは、
私も好きでないといけないし、
母が嫌いなものは、
私も嫌いでないといけませんでした。

他の親を知らないので、
子供の頃から、親というものは、
そういうものなのかと思っていました。

私が、彼女の期待に添えない時の、
彼女の暴れっぷりを見るたびに、

私が私でいることは、
母にとって不幸なことなのだろうか、
そんな風に子供の頃は思っていました。

母に対する罪悪感と、
自分の本当の気持ちを止められない、
ふたつのエネルギーに、
心が常に揺れていました。

流れを止められること。
感じることを否定されること。

それは、

私が自分自身と繋がるための、
想像エネルギーの流れを止められることと同じ。

私にとって、もっとも痛みをともなうことでした。

大人になってから、わかったけどね。
母の心の中で勝手に起こっていることは、
いっさい私には関係のないことなのだと。
それに私が責任をとる必要は、
いっさいないのだということも。

ぶたれても、縛られても、殴られても、
止められても、中断されても、

作りたい。
歌いたい。
弾きたい。
続けたい...。
だって、それが私。

それぐらい今の仕事は、
私にとって確信に満ちたものだったということを、
親から与えられた制限によって、
気づかされたのであります。

いろんな面において、
混乱した家族でしたが、
私にとっては、
その方がよかったのだと思う。

私たちが、人生の目標によって学ぶ場所を選ぶように、
生まれる場所というのも、
そうなってるようにこのごろ思う。

ところで、
私は家の中で育っている、
このチューリップの生き方を信じているけど、
この先、どうしたいのだろう。
「育ちたいように育っていいよ」と、
心の中で、声をかけた朝でした。

2015年2月 4日

●私たちは、明日、どんな朝を迎えているのだろう。

しとしと雨の肌寒い宜野湾。
朝から番組のための原稿を書いています。

朝起きると、
世界で何かが起きている。
それは、ずっと昔から同じことだったはずなんだけど。

このところ、連日、
どんな朝を迎えて、
その時、どんな気分でいるかがわからない。
東日本大震災の時に、
自分の心がそうだったように、

番組で、私たちが、
どんな朝を迎えていることを想像して、

どんな言葉で伝えたら良いのか、最近とても迷う。

日常生活の中の喜びにさえ、うっかりすると、罪悪感を感じたりする。
出来事と自分はつながっているからだと思う。
世界のどこかで起こっていることが、

分離のない統合されたエネルギーをいつかとりもどせることを、

信じている。

そして、ホログラフィックに、

自分が嘗て家族からエネルギー的に見放され、
処刑された痛みを私はここ数日、

ずっと思い出していました。

その痛みに立ち返る時、本当の涙が流れ、

世界のどこかにいる、もう一人の私とつながり、
もう一人の私が泣いていることがわかります。

愛を!
どんなにダメな自分にだって、愛を!
せーのっ!はいっ!
愛を!

しとしと雨の肌寒い宜野湾。
朝から番組のための原稿を書いています。

朝起きると、
世界で何かが起きている。
それは、ずっと昔から同じことだったはずなんだけど。

このところ、連日、
どんな朝を迎えて、
その時、どんな気分でいるかがわからない。
東日本大震災の時に、
自分の心がそうだったように、

番組で、私たちが、
どんな朝を迎えていることを想像して、どんな言葉で伝えたら良いのか、最近とても迷う。

日常生活の中の喜びにさえ、うっかりすると、罪悪感を感じたりする。
出来事と自分はつながっているからだと思う。
世界のどこかで起こっていることが、分離のない統合されたエネルギーをいつかとりもどせることを信じている。

そして、ホログラフィックに、自分が嘗て家族からエネルギー的に見放され、
処刑された痛みを私はここ数日、ずっと思い出していました。

その痛みに立ち返る時、本当の涙が流れ、

世界のどこかにいる、もう一人の私とつながり、
もう一人の私が泣いていることがわかります。

愛を!
どんなにダメな自分にだって、愛を!
せーのっ!はいっ!
愛を!